2007年10月から上海で生活しています。 上海の生活、グルメ、旅行、不動産事情など、現地にしかない生の情報をお伝えします。

三国志ゆかりの山!北固山!甘露寺! 鎮江~揚州に行ってきました その2

鎮江~揚州に行ってきました その1 」の続きです。

続いてやった来たのは
三国志ゆかりの地、「北固山」です。

三国志ファンの私にとって、
ここは前々から来たかった場所なので、
ようやく念願叶うことが出来ました。

モンリーの上海奮闘記

この山は、劉備や呉の武将ゆかりの山
なんですよね。

こちらを見てください↓
モンリーの上海奮闘記

太史慈の墓」をまず目にしました。

太史慈(たいしじ)は、三国志呉の国の
武術が優れた武将です。
いや~、彼に会えるとは本当に
感動です。

それ以外にも、
おぉぉ!!

呉の有名な参謀「魯粛(ろしゅく)の墓」も
あるようですね!

こちらが全体の地図です。
真ん中には、有名な「甘露寺」もあります。
(甘露寺のエピソードはまた後で)
モンリーの上海奮闘記

この案内板近くには
試剣石」がありました。
モンリーの上海奮闘記

この二人は劉備と孫権ですね。
二人が刀を持っています。
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こちらが本当の「試剣石」です。
モンリーの上海奮闘記


三国志のエピソードでは、
劉備が「もし荆州に戻ることができ、我が王覇之業が成るならこの石が斬れよ!」
とこの石に向かって刀を振り下ろしたら、本当に斬れたとされています。

確かに試剣石と書かれた上の部分に
左から右へ切れ目がありますね。

こんな厚い石をよく斬ったなぁ。。。

さあ、奥に進みましょう。
続いて、やって来たのが
太史慈」の墓です。

モンリーの上海奮闘記

これは記念碑ではなくて、
正真正銘の太史慈のお墓のようです。
この地に太史慈が眠っているようです。
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太史慈の墓の奥には、
魯粛の墓」がありました。
モンリーの上海奮闘記

魯粛の似顔もありました。
一見、鬼のように見えますが、
参謀である魯粛の特徴をよく捉えていると
思います。
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続いて、坂を登って、、、
モンリーの上海奮闘記

その先を歩けば、、、
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中山記念林」がありました。
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こちらは三国志の時代のものではありません。
近代ですね。孫文(孫中山)の記念碑と思われます。
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更に奥に進みましょう。
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竜の道でしょうか。
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確かによく見ると竜のうろこのように
思えます。
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さあ、かなり上まであがってきました。
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実は、この山は、
劉備が愛した山」と言われています。
緑豊かで、景色がとっても美しいんですね。
モンリーの上海奮闘記

実際に劉備はこの地にしばらく
滞在していたと言われています。

景色以外にも、他の理由があるんですが、、、
まあ、このブログの後半で書きたいと思います。

その先にはお寺がありました。
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この入り口は白を基調としていてとっても美しい!
奥には長い階段があります。
モンリーの上海奮闘記

うわぁ~~、
前方はすべて階段です。
これは迫力ありますね。
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階段を登ると、
「天下第一江山」と書かれた
場所がありました。
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右手に入ると、
遣唐使「阿倍仲麻呂」の石碑がありました。
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かつての遣唐使阿倍仲麻呂は
この地に来て交易を行ったようですね。

左手に向かうと「甘露寺」です。
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昔ながらの城壁で
出来た道です。

三国志時代の雰囲気も
感じられて、とても素敵な道ですね。
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ここからの眺めもキレイですね。
奥には街が見れますが、
三国志時代は木々や畑が連なっていたんだと思います。
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この先を抜けると、
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南無阿弥陀仏と書かれた文字がありました。
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さあ、いよいよ「甘露寺」です。
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中に入ると、見事な庭園がありました。
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さあ、甘露寺の入り口です。
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いました!
三国志の武将達が!!
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こちらは「張招」と「周愉」だと思われます。
奥にいるのは「孫権の母親」ですね。
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こちらは「劉備」と「趙雲」です。
趙雲は、全身鎧をまとっていて、
私のイメージ通りでした。
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ここ、甘露寺では、
劉備と孫尚香が結婚したんですよね。

昔の結婚式はどんな感じだったんでしょうかね。。。。

この時、劉備は50代、孫尚香は20代と聞いています。

50代と20代・・・・

今の時代なら両親は絶対反対するだろうと思いますが、
この結婚は両家の反映のための戦略的結婚なので、
母親こそ最初は驚きましたが、うまく話はまとまったようです。

さあ、次へ向かいましょう。
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山を降りようと思っていた矢先、、、
すごいものを見つけました!

この建物の入り口にある石碑です。
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ここでは、赤壁の戦い前に
ある人物が会合したんですよね。

分かりますかね?

考えてみてください。

その間に他の場所を紹介します。
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甘露寺近くにお茶屋さんがありました。

従業員がいましたが・・・

みな、熟睡中です。(笑)

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さあ、戻りましょう。
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この石碑です。

分かりましたか?
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では、正解です!



こちら!
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孫権と劉備(もしくは諸葛亮)です。

この地で、曹操を破るための
秘策を考えたと言われています。

もしかして、
赤壁の戦いの連関の計を
考え出したのもこの場所かもしれませんね。

情緒深い場所です。

さあ、次へ行きましょう。
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甘露寺の庭園です。
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近くではトランプをやっている人達も
いました。
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この場所からは鎮江を一望できますね。
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長江も見えます。
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これは長江ですね。
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という事で、山を降りましょう。

入り口付近には「鳳凰(ほうおう)の池」がありました。
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真ん中にある白い石碑が
鳳凰(ほうおう)ですかね?
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という事で、
三国志ゆかりの北固山でした。

続く・・・


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モンリー

上海生活4年目に突入。中国は10年近く携わってます。中国国内で行った主要都市は北京、天津、青島、上海、蘇州、杭州、無錫、南京、寧波、揚州、镇江、開封、温州、広州、深セン、恵州、香港