三国志ゆかりの山!北固山!甘露寺! 鎮江~揚州に行ってきました その2
「鎮江~揚州に行ってきました その1 」の続きです。
続いてやった来たのは
三国志ゆかりの地、「北固山」です。
三国志ファンの私にとって、
ここは前々から来たかった場所なので、
ようやく念願叶うことが出来ました。
この山は、劉備や呉の武将ゆかりの山
なんですよね。
「太史慈の墓」をまず目にしました。
太史慈(たいしじ)は、三国志呉の国の
武術が優れた武将です。
いや~、彼に会えるとは本当に
感動です。
それ以外にも、
おぉぉ!!
呉の有名な参謀「魯粛(ろしゅく)の墓」も
あるようですね!
三国志のエピソードでは、
劉備が「もし荆州に戻ることができ、我が王覇之業が成るならこの石が斬れよ!」
とこの石に向かって刀を振り下ろしたら、本当に斬れたとされています。
確かに試剣石と書かれた上の部分に
左から右へ切れ目がありますね。
こんな厚い石をよく斬ったなぁ。。。
さあ、奥に進みましょう。
続いて、やって来たのが
「太史慈」の墓です。
これは記念碑ではなくて、
正真正銘の太史慈のお墓のようです。
この地に太史慈が眠っているようです。
魯粛の似顔もありました。
一見、鬼のように見えますが、
参謀である魯粛の特徴をよく捉えていると
思います。
実は、この山は、
「劉備が愛した山」と言われています。
緑豊かで、景色がとっても美しいんですね。
実際に劉備はこの地にしばらく
滞在していたと言われています。
景色以外にも、他の理由があるんですが、、、
まあ、このブログの後半で書きたいと思います。
この入り口は白を基調としていてとっても美しい!
奥には長い階段があります。
うわぁ~~、
前方はすべて階段です。
これは迫力ありますね。
階段を登ると、
「天下第一江山」と書かれた
場所がありました。
かつての遣唐使阿倍仲麻呂は
この地に来て交易を行ったようですね。
昔ながらの城壁で
出来た道です。
この先を抜けると、
こちらは「張招」と「周愉」だと思われます。
奥にいるのは「孫権の母親」ですね。
こちらは「劉備」と「趙雲」です。
趙雲は、全身鎧をまとっていて、
私のイメージ通りでした。
ここ、甘露寺では、
劉備と孫尚香が結婚したんですよね。
昔の結婚式はどんな感じだったんでしょうかね。。。。
この時、劉備は50代、孫尚香は20代と聞いています。
50代と20代・・・・
今の時代なら両親は絶対反対するだろうと思いますが、
この結婚は両家の反映のための戦略的結婚なので、
母親こそ最初は驚きましたが、うまく話はまとまったようです。
山を降りようと思っていた矢先、、、
すごいものを見つけました!
ここでは、赤壁の戦い前に
ある人物が会合したんですよね。
分かりますかね?
考えてみてください。
甘露寺近くにお茶屋さんがありました。
従業員がいましたが・・・
みな、熟睡中です。(笑)
この石碑です。
では、正解です!
・
・
・
孫権と劉備(もしくは諸葛亮)です。
この地で、曹操を破るための
秘策を考えたと言われています。
もしかして、
赤壁の戦いの連関の計を
考え出したのもこの場所かもしれませんね。
情緒深い場所です。
という事で、山を降りましょう。
という事で、
三国志ゆかりの北固山でした。
続く・・・
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